はじめに
この記事は誰かに何かを言いたいわけではなく、子育ての記録を残すために書くものである。
正解を書いているわけでもなければ、教育論を語りたいわけでもない。
一人の親が娘と半年間向き合って気付いたこと、失敗したこと、反省したことを記録として残しておこうと思う。
ぼくには二人の娘がいる。
2026年6月23日現在、長女(ここではAとする)が高校1年生、次女が中学3年生である。
去年の6月にAの部活が終わり、受験勉強をすることになった。
夏休みが始まる前、ぼくは完全に甘く見ていた
いきなりだが、始まりからぼくはミスをする。
高校受験レベルなんて夏休みから6か月もあれば十分だろうと思っていた。
その浅はかな考えがあり、夏休みが始まってから勉強を教えれば良いと考えた。
その時点で5教科合計は100点にも満たない二桁点で、全くと言っていいほど勉強ができない状況だった。
それでも夏休みで平均点くらいには持っていけると思っていた。
塾には行かせず、ぼくが教えることにした。
これには理由があって、Aは授業を聞くことは聞くのだが、全く頭に入っていなかった。
この状況で塾に入れたところで全く意味がないと考え、仕事の合間、終わった後、休みの日などに教えることにした。
夏前にAに勉強を教えてみて、どれくらいの期間でどこまで進めるかを考えた。
- 夏休みで2年生まで終わらせる
- 10月までに3年生を終わらせる
- 11月から苦手な単元の理解度を上げる
- 12月後半から私立の過去問と公立の過去問対策を始める
- 1月の私立受験が終わったら公立の過去問を解いていく
そんな計画だった。
すべては捕らぬ狸の皮算用になった。
想像以上に先へ進まなかった
まずはAに夏休みから受験までどのように教えていったかを書いていく。
5教科で二桁点というのは、得意不得意はなく、すべてが不得意である証拠だった。
Aは小学生の頃は算数が比較的得意だったため、とにかく超苦手科目からすることにした。
まず夏休みに入って社会を1年生から始めたのだが、驚くほど先に進まなかった。
昨日教えたことを次の日にはほとんど覚えていなかった。
ぼくは愕然とした。
本人も真面目に聞いているし、その時はわかっている。
しかし、次の日には本当に全く覚えていなかった。
ここで初めて、「思っていた状況と全然違うぞ」と焦り始めた。
とはいえ、とにかく一通り終わらせるしかないので、1年生を終わらせた。
この時点で8月に入っていた。
1教科の1年分を終わらせるのに10日もかかってしまった。
ここまで勉強が出来ないとは考えてもおらず、かなり焦った。
それから他の教科で挽回をはかろうとするも、結局1年生が終わったか終わらないかくらいで夏休みが終わった。
最初の計画はすでに崩壊した。
9月いっぱいで2年生が終わるとは思えなかったが、案の定、10月いっぱいかかった。
10月いっぱいかかり、11月から3年生を始めるも、見事先に進まない。
11月頃から少しずつ成績は上がってきたとはいえ、まだ150点前後だった。
5教科で特に社会が壊滅的にできなかった。
そこで東京大学を卒業した患者さんに勉強のコツを聞いた。
高校受験での社会がどうだったかまではしっかり覚えてないのですが、暗記系教科は文字情報だけを覚えるのだと最後はきつくなってくる印象なので、頭の中でイメージを膨らませながらできたらいいのかなとは思います!(歴史だったら政治的なカテゴリと文化的なカテゴリそれぞれをストーリーとして読んでいくとか、地理だったら覚える時に地図やその写真を思い浮かべながら、とか)
とのことだった。
社会をこの通り教えたが、全くダメだった。
12月に入り、社会を諦めることにした。
少しずつ勉強の習慣がついてきた
この頃からAもかなりやばいということに気付き、真剣に勉強をするようになってきた。
というより、勉強の習慣がついてきた感じだった。
不思議なことに数学と国語は平均点の手前くらいまで取れるようになってきた。
英語もそれに追随するくらいになってきたが、理科ができるところとできないところがはっきりと分かれていた。
時間がないということもあり、理科はできないところはできないところをまるまる捨てることにした。
冬休みに入り、私立の受験対策をしないといけないのだが、それどころではなかった。
基礎が出来ない限り、受験対策をしても無意味に終わってしまう。
とはいえ、最低限過去問は解かないといけない。
そのジレンマを抱えながら、過去問を解くことなく冬休みが終わった。
私立受験1週間前から過去問を解くことになった。
当たり前のように付け焼刃にしかならず、結果は散々であった。
とはいえ、夏の頃からすると随分成長はしていた。
この頃には5教科で平均点より少し下くらいのレベルにはなっていた。
英国数は平均点を越えて、理社が足を引っ張る形だった。
12月になって、ようやく娘の特性に気付いた
Aは小学生の頃から全く本を読まなかった。
小学生の頃から本を読みなさいと言い続けていたが読まなかった。
その理由が今回の受験勉強を通してわかった。
Aは小学6年生の頃、支援学級に入っていた。
学習障害があるとのことで、教員から支援学級を強く勧められた。
確かにグレーな面があることはわかっていたが、「学習障害なのか?」とは思っていた。
しかし、教育に関しては素人なので教員に従った。
この受験勉強を一緒にしてわかったことだが、実はAは単語の意味を十分に理解できていなかったのだ。
(それが学習障害と言われるのであれば、そうなのだろう。)
次の文章は、ある化学の論文の冒頭である。
「本論文には、新しい6種類の1,2‐アセナフテニルNヘテロ環状カルベン‐パラジウム(Ⅱ)錯体触媒の合成および触媒特性について述べられている。アセナフテニルカルベンは、メシチル基もしくは1,2‐ジイソプロピルN‐アリール置換基を用いて調整できる。」
化学を深く勉強している人には理解できるのだろうが、単語の意味がわからない大多数の人にとって、全く理解不能な文章になる。
Aにとっては、我々が簡単に思える文章や単語が、この論文のように感じていたのだ。
そりゃ学校の授業もついていけないし、そもそも何を言っているのか意味もわからず、つまらなかっただろうなと可哀想に思えた。
それでも真面目に授業を聞き続けたAの性格の素晴らしさに気付けた瞬間でもあった。
5教科で特に社会は難しい単語が出てくるので、Aは社会が極端に苦手だったのだ。
理科も難しい言葉が出てきたり、文章問題の分野だけ極端に解けなかったのは、この影響だったのだ。
そのことに気付いたのが12月頃だった。
その時点で本を読ませたところで遅すぎたので、社会と理科を諦めたという経緯があった。
Aのこの特性に早い段階で気付いていればまた対応は変わっただろうが、こればかりは仕方ない。
気付いただけでも良しとしよう。
半年間一緒に勉強して、5教科の見え方も変わった
半年間Aに勉強を教えて、一つの考えに辿り着いた。
この5教科というのは国語が頂点にあり、次いで数学がくる。
とはいえ、この二つはどちらが上ということはなく、双璧をなすものであると考える。
国語ができないと、そもそも問題の意味がわからず問題も解けなければ、頭の整理もできない。
数学は計算力を身に付けることで、脳の思考回路が素早くなる。
英語は国語の分身のようなもの。
単語を覚えて、文法を覚えたら、あとは小学生レベルの文章を読むだけなので、実はそこまで難しいことはない。
理科は数学と国語のハイブリッド。
理科は大きく、化学・物理・生物に分かれる。
物理は計算力、化学はイメージ力、生物は暗記力が問われる。
社会は国語、というより漢字や言葉の意味を難しくしたものだと思う。
単語の意味がわからないと、上記した化学の論文のように全くわからないことになる。
とにかく、国語と数学ができないと、他の教科はほぼできなくなるシステムになっているのだ。
そのことに気付かず、Aには苦手な社会と理科から始めてしまったことは大きな失敗だった。
もしもう一度やり直せるなら、まずは国語と数学の土台作りから始めること間違いない。
最後はあっけなく終わった
2月に入り、公立高校の一回目の倍率が出た。
受験する学校が1倍を大きく下回っていたので、我々の受験勉強は実質そこで終わった。
ぼくも完全に気が抜けて、「あとは適当に過去問を解いてればいいよ。」というくらいで、Aが聞きに来た時だけ教えるくらいになった。
名前と受験番号だけ間違えなければ、あとはこれまで勉強したことを適当に発揮すれば受かる。
実際それで受かった。
最後は何ともあっけなく終わった。
しかし、面白いと感じたことがこの後にもあった。
受験が終わったというのに、Aは勉強をしていたのだ。
たった半年だが、勉強が習慣となってしまい、今更その習慣から逃れることができなくなっていたのだ。
習慣とは実に恐ろしいものだ。
とはいえ、それも数日のことで、遊び惚けるのはすぐだった…。
高校受験を通して、一番良かったこと
約半年子どもと一緒に高校受験の勉強をして思ったのは、本当にやって良かったということだ。
第一に、我が子の特性を理解することができたのは大きな収穫だった。
一緒に勉強をしていなければ絶対に気付かないことだった。
この5教科というのは本当によく考えられて作られていることもわかった。
脳の回路を上手く繋げられるように様々な工夫がなされている箇所が随所に見られた。
特に最近の問題の傾向は、よく考えさせられるようになっている。
数学でいうと、計算自体は簡単にできるのだが、思考を深めないとその計算に辿り着かないようにできている。
なるほどな、と思いながらぼく自身も興味を持って取り組むことができた。
次は次女の番である
次は次女の受験だ。
Aの答え合わせをする上でも次女にも教えなければならない。
もちろんAと同じではないだろう。
次女には次女の得意不得意があるはずだ。
ぼく自身、嫌々ながら教えるわけではなく、子どもだけでなく親の成長も促してくれるし、何より次女の特性がどのようなものかを知れる喜びが大きい。
Aの反省を活かしつつ、また一緒に勉強をしていこうと思う。
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