鹿児島マラソン2026 ~落武者編~

元気ですかぁ!!!
今年も鹿児島マラソン走ってきました!
ボランティアの方々、運営の方々、応援された方々本当にありがとうございました!
あなた方のおかげでランナーは楽しく苦しめました(^^)
そして、マラソンとは関係のない、むしろ迷惑を被った方々もありがとうございました!
関係のない方々からすると、大いなる不平不満はあると思いますが、そのことも含め記事を書き進めます。
この8年間、腰の神経圧迫からくる脚の様々な怪我でまともに練習ができない日々が続いておりました。
今シーズンはその問題を解決できたので、9月から継続した練習に取り組むことができました。
しっかり追い込んでの練習まで到達することはできませんでしたが、この継続した練習ができることの喜びが強いシーズンとなりました。
それでは鹿児島マラソン2026のスタートです!

鹿児島マラソン2026

朝4時30分、緊張しているからか目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
世界情勢を確認すると、相変わらず混沌としているようだ。
いつものようにコーヒーを淹れ、心を落ち着かせた。
スタート3時間前の5時30分、酢飯おにぎりを2個食べてエネルギーチャージ。
歯を磨き、落武者のメイクを始めた。
手慣れたもので、10分程度で終えた。
友人が家に来て、会場まで一緒に行くことになっていた。
6時15分、合流し、なんやかんやして出発。
当然ながら落武者で家を出るので、近隣住民に身バレしないよう急ぎ足で会場に向かう。
落武者の勤め先
7時頃、中央公園に到着。
手荷物を預けて、友人たちと記念撮影をして、スタート地点へ。
西郷銅像と友人と落武者
このスタート地点に向かう時がぼくはとても好きだ。
ワクドキしながら、たくさんの同志たちとスタートに向かうあの高揚感は何とも言えない。
朝日と桜島と落武者
懐かしの方との再会もあったり、トイレを済ませたりして、友人たちと別れ、いざスタート地点へ。
何人かの患者さんとあいさつしたりしながらスタートを待つ。
特製ドリンクを飲み干すと手がベタベタしていたので手を洗いに一度ブロックを出た。
戻ると、目線の先にぼくと同じくらいの目標を持って挑む患者さんがいた。
元々一緒に走れたら良いですね、という話はしていたので一緒に走ることに。
刻一刻とスタートの瞬間が近付いてきた。

「On Your Marks」

最近スタート前は英語での「用意」が言われるようになった。
いやいや鹿児島なんだからそこは鹿児島弁で言おうよ、と思いながらも仕方ないことだろう。

「パン!」

42.195kmの旅路が始まった。
目標タイムは4:20〜4:30/km、3時間10分以内。
本当はサブ3を狙っていたが、暑さと自分の実力を考慮して下方修正。

スタートから仙厳園までの13kmは声援がたくさんあるので、ワープばりにすぐ走り切る。
いたるところで患者さんからの声援があり、力をもらいつつ、テンションを上げないようにタイムを特に気にしながら走った区間でもある。
仙厳園前
今年も落武者への声援はものすごかった。
というか、年を追うごとに人気が増している。
自分が思ってる以上に、落武者の認知度があるようだ。

「お!今年も来たぞ!落武者~!」
「矢が刺さっちょっど~!」
「やばぁぁあ!!!」
「落武者~!今年もありがとう!」

とにかく、みんなに笑ってもらえればそれでいいと思い、こんな滑稽な姿で走っている。
とはいえ、おどけたりふざけて走ることなどはせず、真面目にタイムを求めて走っている。
そのコントラストが良いのではないかと勝手に思っている。

仙厳園を過ぎるとそれまでの声援が包丁で切ったかのようにバサッとなくなる。
毎年書いてるが、これも鹿児島マラソンの醍醐味の一つだ。
ランナーの足音と呼吸しか聞こえなくなる。
苦行区間の始まりだ。

鹿児島マラソンは季節的に暑くなる時が多い。
今回も例にもれず最高気温が21℃と、暑くなる予報だった。
しかし、湿度が低かったからか、終始走っていて暑いと感じなかった。
そこで自分の発汗量を甘く見積もってしまい、水分補給が疎かになったなと終わった今ならわかる。

姶良に向けてテクテクと走っていると、反対車線から往路のランナーが見えてきた。
毎年なるべく応援するようにしている。
今年は、「頑張れ!」や「ファイト!」をなるべく使わないようにしたかったので、「Keep going!」「Go go go!」と英語だけど、言いやすいものにした。
声援を送ると返礼もいただくので、やはりこの苦行区間の要はすれ違うランナー同士で声援をし合うことだと確信がある。
そんなこんなしているうちに、いつの間にか重富の陸橋に辿り着くので、来年走ろうと思ってる人は騙されたと思ってやってみて欲しい。
声を出すことで呼吸も楽になるし、勇気や元気が湧き出てくるので強くお勧めする。

重富の陸橋を越えると、ものすごい声援に包まれる。
あれは本当に涙が出てくるほど嬉しいものがある。
この8年、まともに練習ができない日々が続いていた影響もあり、姶良に入ると落武者の顔芸をしていた。
きつそうな顔をしてみんなを笑わせることに専念していた。
しかし、今年はそんなことをする気持ちにならなかった。
これはやはりそれなりに練習が出来たからなのだろう。
自分でもなぜ顔芸をしないのか不思議に思いながら、真面目に走り続けた。

「お!今年も来たぞ!落武者~!」
「今年は元気だぞ!」
「ほら、見てごらん!変なのが走ってるよ!」

そんな声を聞きながら、折り返しを鶴谷ターンして鹿児島市街地を目指し始めた。
折り返し地点
いつもなら20kmくらいでふくらはぎが攣りそうになる。
これには原因があって、大会でテンションが上がってピョンピョン跳ねるように走ってしまい、ふくらはぎに負担がかかって攣ってしまうのだ。
今年はそのことを特に気を付けながら走ったので、脚へのダメージもなく30kmくらいまで元気に走ることができた。

復路の重富の陸橋を渡り、少し走ると対面のランナーとの応援合戦が始まった。
知り合いはもちろんのこと、全く知らないランナーとのハイタッチやエール交換は鹿児島マラソンの醍醐味でもある。
もしかしたら、ぼくが落武者をしてるから応援しやすいというのはあるかもしれない。
それを含めて毎年、ぼくは強い思いを胸にこの復路を走っている。

落武者で走ってると走りながら声をかけられることがよくある。
その時になるべくどこから来たのかを聞くようにしている。
県外から来た人に「鹿児島を楽しんでくださいね」と声掛けをするために。
マラソン大会は交通規制により、大会とは全く関係ない人たちにとっては迷惑そのものだ。
そんな人たちのためにどうすれば良いのかを考えるが、中々正解がわからない。
なのでぼくは県外から来た人たちに、なるべく鹿児島で良い思い出を作ってもらい、また鹿児島に来たいと思ってもらえれば、少しは経済効果のたしになるのではないかと考えた。
ぼく一人がやったところで意味がないことなんてわかっている。
けど、本当に少しでも何かの役に立ちたいとの思いを持つことが大事だと思う。
そんな気持ちを持つ鹿児島のランナーの輪が広がればいいなぁ。

そんな思いを込めて、すれ違うランナーとエールを交換し合う。
落武者で走ってるとかなりの人に声を掛けてもらえる。
そこでも「Keep going!」と声を上げるとそこ一体で笑いが広がる。
日常でもそうだが、きつい時に笑うと意外と楽になることがある。
エールをもらうことでぼくも元気になり、返礼することで相手も元気になる。
最高の循環だ。

ランナーだけではない。
走ってないけど、患者さんがわざわざこんな辺境の地に応援に駆け付けてくれていた。
もちろんぼくだけでなく、みんなを応援していた。
その人たちからも元気をもらうも、ぼくの脚に異変が出始めていた。

そんなこんなしているうちに、いつの間にか35km手前になっていた。
30kmくらいから微妙にふくらはぎが攣りそうになりながら走っていたのだが、ビッキビキに攣り始めた。
転びそうになるほど脚が攣り、まともに走れなくなってきた。
暑さを凌ぐために水をかけてくれる場所が見えてきた。

「水をかけてくれ!」

とアピールすると、かなり遠慮がちにかけられた。
その水は下腹部辺りにかかり、脚に冷たい水が流れ、靴がビショビショになった。
水をかけた方に何かを言いたいわけでは決してない。
落武者のメイクが落ちないよう、顔を避けてかけたら結果として下半身にかかっただけのことだ。
(ちなみに、落武者メイクは全天候型なので水がかかったくらいではビクともしない。)

まず靴が完全に浸水したことで、靴の中で足がすべり、足の爪が4本一気に死んだ。
右の親指に関しては即死だった。
足の指に強い痛みを感じながらも、走り続けていると右の臀部から下が全部一気に攣った。
水で脚が一気に冷えたことがトリガーになったと思われる。
そこで完全に動けなくなった。
ガードレールに両手をかけ、やっとで立てる状態だった。
ゆっくり伸ばすも、強烈な攣りで伸ばすことができない。
リタイヤが頭をよぎった。
1分ほどかけて少しずつ脚を伸ばすと、なんとか攣りが治まってきた。
動けるまでになったので歩き始めた。
残り5kmを歩いてゴールするしかないのかと嘆いた。
心肺機能は全く元気だし、脚に関しても攣る以外は全く問題ないにも関わらず、走れないことに強烈な苛立ちを感じた。

「くそー!こんなのに負けんぞ!頑張れ!動け!走れ!」

ぼくは叫び続けた。
恐る恐る走りながら、攣りそうになると歩くというのを繰り返してるとやっとで給水所に着いた。
水とスポドリをがぶ飲みし、レモネードを飲んだ。
霧状のシャワーポイントを歩いてくぐるも、全く濡れないので冷却効果を感じなかった。
この苦しんでる時も、追い抜く何人ものランナーから声を掛けられた。

「落武者、頑張れよ!」
「ありがとう!Keep going!」

「落武者!もう少しだぞ!頑張ろう!」
「ありがとう!頑張ろう!」

そんなやり取りをしていると、不思議な現象が起こった。
追い抜くランナーの後ろ姿が薄っすらと輝いて見えたのだ。
これまでの練習が背中や脚に見えた。

「あぁ、この人たちは本当に努力してきたんだろうな。」
「どんだけ強い気持ちで走ってるんだろう。」
「うわぁ、すごいなぁ。」

これまでマラソンをしてきたが、こんな気持ちになったのは初めてのことだった。
日本語でいう「尊敬」とは違うが、英語でいうところの「リスペクト」というものを抱いた。
そんな気持ちを抱きつつ、涙を流しながら口から出てきた。

「マラソンって良いなぁ」
「走るって良いなぁ」
「鹿児島って良いなぁ」

走っている最中、しかもまともに走れないほど脚がおかしくなっている時に、
こんなこと思ったこともなかったのに、そんな言葉を吐き出しながら嗚咽した。

それから少しするとなぜか脚の状態が良くなってきた。
さっきまでの脚の攣りが全くなくなった。
スピードを上げたらまた攣るんじゃないかと疑心暗鬼になりながらも、少しずつスピードを戻していった。
仙厳園に辿り着き、そこでも歩いて水分補給を十分してから「よっしゃ~!」と声を出して自分を鼓舞して走り出した。
鳥越トンネルに入ると、ものすごく涼しく感じた。
するとみるみる脚に力がみなぎってきた。
知ってる人は知ってると思うが、スーパーファミコンのF-ZEROというソフトがあったのを覚えているだろうか。
あの中で出てくる回復ポイントの上を走ってる時のような感覚で、ものすごい勢いで身体が回復した。
トンネルを駆け抜け、少しの坂を颯爽と走ると沿道に人が見えてきた。
少しずつスピードを上げて走った。
長田陸橋が見えてきたので、ラストスパートを始めた。
結局ここの1kmが最速のラップタイムとなった。
長田陸橋に着くと給水所があったので、そこだけ歩き水分を摂りまくった。

「よ~し、いくぞ!!!」

本当のラストスパートが始まった。
応援もほとんど耳に入らず、いわゆるゾーンに入ったのか陸橋の坂道が全く辛くなかった。
陸橋を渡り終え、左に曲がるとぼくの前に同じようにラストスパートをかけてる人がいた。
とりあえずこの人を追い越そうと思ったが、追い越そうとするとその人もスピードを上げてくる。
電車通りに出ても、その人はスピードを緩めない。
去年までのぼくだったら絶対に競わなかったが、今年のぼくは激しい闘争心にあふれていた。
一度距離を置き、諦めたと思わせ、その人が前の3人くらいを追い越してる時に一気にスピードを上げてぶち抜いた。
あの攣りを振り切るように今大会最速の3:24/kmが出た。

「落武者が帰ってきましたよ~!」

アナウンサーの声が耳に入ってきた。
そのままの勢いでゴールまで駆け抜けた。

こんなラストスパートは今までしたこともない。
やはり心肺機能や脚は元気だったようだ。
しかし、脚が攣ったのは単純に鍛錬不足だ。
まだまだ修行不足だが、今シーズンは怪我なく終えたことが最大の収穫だ。
走り終えて患者さんと話したり、着替えたり、軽食を食べたりした。
それから知り合いの応援に長田陸橋まだ歩いて行った。
去年もそうだったのだが、応援をするとこれがまた結構面白い。
特に自分も走ってきたからこそ、ランナーみんなの気持ちが手に取るようにわかる。
最後の難関「長田陸橋」を登り終わって少し降り始めたところに陣取って応援を始めた。
約42kmを走ってきて、「頑張れ!」は酷なので別な言葉をかけることにした。

「よくここまで頑張って来たね」
「もう頑張らなくてもいいんだよ」
「疲れたよね」
「暑かったね」
「もう終わるからね」
「おかえり」

なるべく一人一人に声を掛けるようにその人を見ながら声援を送った。
中には涙を流す人もいて、それを見たぼくもサングラスの中で普通に泣いていた。
みんなの頑張りを見てると本当に泣けてくるのだ。
ぼくを越していったランナーたちに抱いたリスペクトの気持ちと同じものを、
今目の前で走ってる全員に対して再び抱いた。
最後のランナーに声援を送り、ペースセッターにも声をかけ、最後の車に乗ってる運営の方々にも労いの言葉をかけ、近くで最後まで応援していたボランティアの高校生に感謝の言葉を伝えてから家に帰った。


速さは人によって違うが、走る距離は同じ。
そこには老若男女問わず、平等に用意されている。
1万人いれば、1万色の想いがある。
それがマラソンなのだ。
走り終えた人がそれぞれ何を考えるかは自由。
それを今後の人生にどのように活かしていくかは自分次第。
ぼくはまたこれからも走っていく。
いつまでも、どこまでも、
また次のスタートラインに立つために。


ご拝読ありがとうございました。
また来年、鹿児島マラソンのどこかで。
完走証

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